▼ 大知正紘からメッセージ
大知正紘のワンマンライブに来てくれた皆ほんまにありがとう!
自分と向き合わないと進めない世の中、辛いこと哀しい事は多いですが、
ひとときでも笑顔を、
音楽を、共有できたことが、この繋がりが明日へと向かう力を生んでくれます。
皆にとってもそうであって、また在り続けてもらうためにも、
新しい音楽を届けていきたいと思います。
またかならず会いましょう!
本当にありがとう!
大知正紘
▼ 6/26 @ 原宿アストロホール ツアーファイナル・ライブレポート
音楽の力。というより、声の力。そう表現するほうがしっくりくる。
大知正紘の圧倒的な歌声は、4月に発表したばかりのファーストアルバム『ONE』で見せた完成度の高さをもすでに凌駕していた。まるっこい空気を含み、人間くさい雑味もあり、でも決して揺るがない芯があって、そこに強い強い音が宿る声。豪快にドライヴするバンドをしたがえ、もとより饒舌な自らのアコースティックギターも止むことがないのに、それでも言葉のひとつひとつがはっきりと耳に届くのは、彼が持って生まれた声によるところがきっと大きい。
6月26日。初ワンマンツアーのファイナル。東京でもはじめてのフルレングスのライヴとあって、原宿アストロホールには多くのオーディエンスが詰めかけていた。人いきれにむせかえるフロアに充満していたのは、もちろん多大な期待感。そして、新人アーティストにはつきものだが、音楽ファンのちょっぴりシビアな好奇心が少々。大知正紘はある意味、このステージで実力とか将来性とかカッコよさとか、ありとあらゆるものを試される。が、結論から言えば、そんなお試し感覚は、序盤にしてものの見事に蹴散らされた。
だいたいなんだろう、このギリギリの切迫感みたいなものは。オープニング『バルーン』 で明るく盛り上がった空気が、続く『ハリツケの街の季節』ですぐさま色を変えた。声そのものの絶対的な存在感や、多彩なヴォーカリゼーションの妙は当然あるにしろ、何より気持ちがダイレクトにぶつかってくる感じ。それが“伝えたい”なのか“歌いたい”なのか、それとも“楽しい!”なのか、実際は本人のみぞ知るところだが、とにかくステージから発せられる繊細かつ張りつめた空気感に、オーディエンスはいつの間にか捕らえられてしまう。
さらに、始まりのサビをアカペラで歌った『明日の花』。横っ面を引っぱたかれるような衝撃の後に、この歌に心が完全ロックされる。“人一人愛せず僕は誰だ”が“お前は誰だ?”に聴こえて仕方がない。わかっていたつもりだけれど、でもあらためて思った。大知正紘という音楽は、思いのほか無遠慮に聴き手の心の琴線ってやつをジャカジャカ鳴らすのだ。ライヴとなれば、それはなおのこと。私の目の端に、こっそり涙をぬぐっていた女性の姿が映った。会場にいた人すべてが、おそらく同じように心を打たれていたに違いない。
まったく、大知本人は知っているのだろうか。彼が紡ぐメロディが必ず景色を連れてきて、聴き手をそこに置き去りにすることを。『藍の唄』『ビー玉』。五線譜をすべるようなファルセットが、会場を透明なせつなさで包んだ。そして『虹の見える世界で』の深淵な世界観へ突き進むか、と、思いきや、イントロからギターが鳴らない!? 思いがけない機材トラブルにより、やむなくプレイを中断して仕切り直し。ここはみんなで苦笑い。言うまでもなく、ハプニングはライヴの醍醐味のひとつだ。それに、ストリートライヴ出身の大知には“臨機応変”という経験値が積み重なっていて、小さなトラブルなら進行の妨げになることもない。というか、むしろ笑いに変えてしまう。
だから案外、大知のライヴには笑顔の場面が多いのだ。中盤、弾き語りでしっとり聴かせたかと思えば、次の刹那、いきなりこんなことを言い出す。 「今日のために即興で曲を作ってきました!」
その名もずばり『原宿アストロホール』。オーディエンスにハンドクラップをおねだりしつつ、狙い通りのコール&レスポンスが実現した。音楽とは、文字通り音を楽しむもの。大知は確かに、ステージでそれを体現してみせた。お膳立てが何もなくても、ギターがあれば何とかなる。これもまたストリートライヴによって鍛えられたものだろうし、そもそも音楽はいつでもこんな風に自由であるべきだろう。
ちなみに、最大の武器であるギターがないと、大知はどうなるか。
その答えは、“ちょっとぎこちない!?”。
これぞワンマンライヴならではと言うべきだろう、大知正紘は、おそらくはじめてステージでハンドマイクを握った。『Hello』のたたみかけるようなサウンドをバックに、徹底的にヴォーカリストとしてアプローチ。いつもより歌い方がやんちゃに聴こえるのは気のせいでも楽曲のせいでもなく、きっとハンドマイクの知られざる効果だ。正直、想像していた以上に新鮮に感じた場面だった。
本編ラスト『19歳最後の唄』。フォーキーで温かいサウンドなのに、大知とオーディエンス、ひとりひとりの揺れる感情が乗っかって、とてつもなく抑揚の大きな唄になる。気づけば例の切迫感もやってきて、それにはあらがえなくて、やっぱり歌声につかまれたままになってしまった。
「ライヴをやると、みんなから、言葉で伝えきれへんものをたくさんもらってるなと感じます。僕も、言葉で表現しきれないものを歌に乗せて届けたいと思います」
そうしてアンコールで歌われた『手』。大知正紘という人生のテーマソングのようなこの曲で、会場はこの日最大の一体感に包まれた。気持ちと気持ちがちゃんと繋がった、何よりの証拠だ。最後に初披露された新曲も、淡くせつなく、まるでほろ酔い気分みたいな余韻を残してくれた。
そしてずっと、あの声が耳に残る。音源とはまったく種類の違う、求心力を内包した歌声。おまけにこの人は、ステージに立つと途端に色気をまとうから余計に厄介だ。そう、ライヴでしか出会えない大知正紘が確かにいる。アーティストと呼ばれる種類の人間が常にそうであるように、大知もまた今回のライヴに決して満足はしていないのだろうが、二十歳のファーストツアーとしては出来過ぎなほどだったと私は思う。なぜなら、この日のステージそのものが、さらなる成長への約束だったから。楽しいというよりも、うれしい気持ちでいっぱいの日曜日の夜だった。
取材・文 斉藤ユカ / Photo 平野タカシ
|